絞りの染め職人

有松絞りを作る人
その2「染め職人」とは。

絞りの染め職人

有松絞りを作る人
その2「染め職人」とは。

去る平成25年3月、伝統工芸士 三浦典久さまがご逝去されました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

体さえあればできる。倒れない限りは、続ける。 width=

有松の旧東海道筋に佇む「早恒染色」のご主人である、伝統工芸士、三浦典久さん。 染めの作業はかなりの重労働だが、三浦さんはこの道40年の大ベテラン。染料をたっぷり注いだに、くくり作業を終えた絞りのゆかたを入れてかき混ぜ、洗って、乾燥させる。水分を含んだ布地はかなりの重量になる。おまけに、約20種類の染料を少しずつ調合しながら、発注された色見本と見比べ、ぴったりの色に染め上げる技術がいる。もちろん、ゆかた1枚につき1色、ということはない。何色もの色を組み合わせ、表現する。少しでも違う色に染め上がってしまえば、今まで関わって来た職人さんたちの努力も、台無しになってしまう。体力・技術力・気力、そのどれかひとつでも欠けていたら、勤まらない仕事だ。

染料を調合し、正確に色を再現する
染料を調合し、正確に色を再現する
繊細な流し染めは奥様が担当。
繊細な流し染めは奥様が担当。

染色職人になる前は、まったく別の仕事をしていたという三浦さん。早恒染色の娘さんである、現在の奥様と結婚したのを期に、この世界へ飛び込んだ。染色職人であった、先代の義父に弟子入りをしたのだ。「当時は絞りの繁忙期。1日400反くらい染めていた。階段を四つん這いで上がることしかできないくらい、全身が痛かった」重労働のうえ、目の回るような忙しさ。ただ黙々と働き続けた修行時代は、「しんどかった」との一言。
徐々に染色技術を学んでいった三浦さん。「数ある染料を調合して、見本通りの色にぴったり染める。これが一番、やっかいで難しい。あれを混ぜて、これを混ぜての繰り返し。納得いくまで色出しの勉強をしたね」修行のかいあって、今では、絞りのゆかたを見れば、自分で染めた色かどうか、分かるほどにまでなったそうです。
しかし、「くくり職人」と同様に「染め」の世界でも、後継者不足は大きな問題。「若手が育って欲しい。せっかくの歴史ある産業なんだから。続けていかないと」。染めの仕事を始めた昭和50年代後半には、この忙しさが一生続くものだと思っていた。「仕事があれば、あるだけやる。でも、最近は仕事量も、以前と比べて減ってしまったけどね」そう語る三浦さんは、今日も変わらずに有松絞りを染め続けている。

水分を吸収した布地は
かなりの重量
脱水すると鮮やかな色が浮かび上がる
脱水すると鮮やかな
色が浮かび上がる
奥様と二人三脚で店を切り盛り
奥様と二人三脚で
店を切り盛り